交通事故に遭い中途障害者になって
今年で丁度10年になります。
事故直後は「リハビリをすれば
いつか普通に戻れる」と
思っていました。
しかし今も歩行のふらつきや
目の障害などの後遺症が残っています。
退院直後の絶望や中途障害者になって
10年目に自分の人生について
思うことを書いてみます。
中途障害者になって一番辛かったのは退院直後
どうも、30代の障害者のあかねです✋
はじめましての方に伝えると、
私は足が悪くふらふらして、舌足らずな
話し方をする分かりやすい”障害者”です。
目にも障害があって辛いけど
人からは分かんないので。
事故に遭い今年で10年目になります。
交通事故→長期入院→退院の流れの中で、
退院直後が一番人生に絶望していました。
長い入院生活でもリハビリを頑張っている
時はまだ、”普通”に戻れると希望に
満ち溢れていました。
しかしリハビリ担当の理学療法士から
退院前日に”後遺症は治らない、
これから苦労する事も多いと思います~”
とニヤニヤした顔で告げられ人生を
狭まれた気分でした。
↓言われた時のブログはこちら

そのまま絶望した気分で退院しました。
その上、退院直後は障害者に
なってしまった私を支援してくれる物は
何もありませんでした。
ですが10年が経ち今では障害年金や
かかりつけ医、送迎をしてくれる
ヘルパーさんなどある程度、
私を支えてくれるものが揃って来ました。
障害者手帳という如何にもな名前に
初めは抵抗が合ったものの、
それなりにメリットがあるので
身体障害と精神障害の2つを取得してます。
それに3度目の正直で現・担当の相談員は
いい人です。
(1人目と2人目の相談員とは合わなかった)
でもね~最近自分が改めて障害者だと
認識して気持ちが辛いんです⋯。
例えば送迎をしてくれるヘルパーさん達。
ヘルパーの方々は60~70代の方が多い。
病院の駐車場など屋外のちょっとした
傾斜や段差も1人では歩けないので、
ヘルパーさんの手を借ります。

こういう所歩きにくいんです…
さすがに30代の私が70代の方の
手を借りるのは、傍から見たら
おかしいですよね💦
自分でもおかしいと思うし
恥ずかしいですし、
それにミジメな気分になります。
でも障害者の私は1人では行動出来ない
事も多いので、年配の方でも
健常者の手を借りるしかありません。
私は元々、人の手を煩わせるのが
嫌いな性格で、物事をなるべく
自分だけの力でやり切るタイプでした。
例えば分からない事がある時⋯
すぐ人に聞いちゃう人もいますよね、
でも私は絶対に人に聞かず自分で調べます。
昔からそんなんな私が障害者に
なってからは、人の手を借りる事に日々
申し訳なさを感じておりました。
中途障害者になって10年経った今、これからを考える
それでも事故に遭って10年目になるまでは
目の前の事でいっぱいいっぱいでした。
長期入院以外にも目の再手術で遠方の病院に
何度も入院したり、作業所も合わなくて
転々として忙しい日々でした。
それに心のどこかで障害者の自分を
受け入れきれていなかったんでしょうね。
障害が綺麗さっぱり無くなる事は
難しくても、まだ若いし生活していく中で
それなりに改善していくと思っていました。
(前にもこんな文章書いたかも笑)
でも10年目を迎えふと、
”私はずっとこうなんだ、死ぬまで苦労して
生きて行くんだ”と悟りました。
ふらふらと足を引きずって歩き
人混みにビクビクしながら日常を送って、
行きたい所にも自由に行けない制限された
生活が一生続くんだ。
それに病院や役場に電話するのも
一苦労です。
理学療法士に言われた、
”これから苦労する事も多いと思います~”
の予言通りの人生になってると
気付きました⋯。
インスタのリール動画で流れてきた
美味しそうな飲食店や、
楽しそうなイベントに行く事は叶いません。
健常者の頃は思い立ったらすぐ行動できたのに、
今は移動手段や付き添いの手配など
負担や手間が大きいからです。
まだ30代ですが、自分の人生に対して
もういいやーって思うんです。
寝て次の日起きたら80代くらいの
おばあちゃんになってないかなと
思った事があります(笑)
別にそんなに長生きしたくないけど。
交通事故で運良く助かったけど
中途障害者になってまで生きてる事が
本当に運が良かったのか、
苦悩する日々を送っております。
以上、中途障害者のあかねでした。

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