【最終更新】眼窩底骨折の手術・複視・眼球陥没の経過まとめ【※写真あり】

富士山の写真 眼窩底骨折の治療と複視

1年ぶりに眼窩底骨折の治療の
経過観察で、東海地方の
眼形成眼窩外科のある病院へ
行ってきた記録です~




眼窩底骨折の手術の経緯は?

私は交通事故で右目の眼窩底骨折をして
(他にも怪我はしたけど)北関東のS病院で
一応手術しましたが、治療しきれず
東海地方の病院で手術し直しました。




前にも書きましたが、
眼窩底骨折をしてしまった時は、
形成外科ではなく “眼窩” を専門に
出来る先生がいる眼科に
行きましょうと学びました。


結局、何度も手術する事になりS病院と
合わせて、2016~2020年にかけて全身麻酔を
5回もしています💦


そんな右目の治療も現在では経過観察の
段階で、1年ぶりに北関東の実家から
東海地方にある”眼形成眼窩外科”のある
病院へ行きました。





儲かっている総合病院

1年ぶりに行ったら目の治療専門の別棟が
新設されていました。
お父さん曰く、儲かっている病院だなぁと(笑)


正面玄関から入ったら別棟まで遠い遠い💦
正面玄関に居たボランティアさんに
案内してもらい、何とか別棟へ。


別棟の受付の事務員さんに、
「初めて別棟に来たけど広くて
分かんなかったですよー」と思わず愚痴る。


事務員さんが「申し訳ないですぅ💦」と一応、
返してくれる。別に事務員さんが悪い訳では
ないけど、みんなにそう言っているのかなと
感じました。


検査を待っている最中、知らないおばさんに、
「若いけど貴方も白内障?」と声をかけられる。


交通事故だなんて返すのもめんどくさいので、
「違いますよ~広くて疲れちゃいました~」と
適当に話を変えて返しました💦


別に私の症状を聞きたい訳ではなくて、
暇だからおしゃべりしたいんだろうし。





後任の先生はどんな人?※目の写真あり

検査ののち、医師の診察へ。
この↓記事にも書いたように、






主治医の40代の男性の先生が突然、
亡くなったので、後任は30代の
京都弁風なキレイな女性の先生でした。


最後の手術から3年が経ち、
しかも1年前と検査結果が変わってない。


この病院に来て6年目にして初めて検査結果が
変動しませんでした。という事で事故後
7年目にして後遺症の複視が固定しました。


目の後遺症は眼振もあるけど、それは元々、
病院では治療方法ないしね。


後遺症は固定、そしてS病院でのグレーな
手術ミスの目の凹みはかなり改善されました。




S病院手術後

↓↓↓

再手術後

このようにね。




本当は術後5年は経過観察をするけど、
3年は経ってる&遠方から来てる&
何より主治医が亡くなっているという事で、
何かあったらまた受診ということで
今回で診察終了しました。





長い眼窩底骨折の治療の道のりと後遺症の複視

はぁ~長かった💦
S病院を退院して東京のKO病院を
挟んだのち、まさかの東海地方の病院に
北関東の実家から何回も通いました。


ふらついたりする手足の障害は今でも
”軽微”に改善してるけど、視界が複視と眼振で
2重+揺れて見えるのにはさすがに慣れました。


目はね、もう後遺症固定という事で諦め…
と思うでしょ?でも1年前と検査結果が
変動なしと言われたけど、自分の感覚では
そうは思ってません。


私はプリズムレンズ(目のズレを矯正するもの)
の近視用メガネと、プリズム無しの普通の
近視用メガネの2つ持っています。


何か最近プリズム無しのメガネの方が
見やすいというか。2重は2重なんだけど、
プリズム有より2重が近いんだよね。


おそらく私の複視は、
眼窩底骨折+頭部外傷の複合的な
意味があると思うんですね。


だから眼窩底骨折の治療が終わった今、
あとは頭のリハビリで複視が
改善するんじゃないかなぁと。


ということでプリズム無しのメガネで
頭を慣らしていこうと思います(笑)
私の考え上手く行ったら
またブログに上げますね(* ̄▽ ̄)ノ~~

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